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DF50-569

S53 DF50-569
昭和53年3月の撮影旅行の移動中の一コマ。
伊予北条から海岸寺へ移動する途中でみかけたのが、無残なDF50の姿。
撮影日は、この時購入した入場券から3月29日のようです。

当時は、落石事故にでもあったのかと思っていましたが、こちらのサイトに詳しく載っていました。
https://df50shikoku.web.fc2.com/df50569takasejiko.htm

昭和53年3月22日の踏切事故が原因とのことです。
踏切待ちのクレーン車が、車両限界を侵して衝突したとのこと。
569号機は、高瀬駅に留置された後、廃車となったようです。
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コメント

お見事に壊れたね

プラスチックボディーの鉄道模型の釜なら起きかねない惨状ですね~(まるで怪談の「四谷怪談・おいわさん」みたいな~)

この事故はたぶん保険屋さん同士の話し合いでかたずいたんでしょうね~

Re: お見事に壊れたね

とうこさま:こんにちは。
この事故が原因で廃車となったようですが、おっしゃる通り、補償の方はどうなったのか気になりますね。

うわ、もの凄いですね…

お邪魔します。この事故、だいぶ経ってからファン誌かピクトリアル誌でチラッと読んだような気がしますが、これはひどい。ご紹介下さっている記事を読んできましたが、牽引していた客車には被害が出なかったようですね。それより驚いたのは、この時代って、まだ助士台に乗務員が乗っていたんですね。ネットか書籍か、記憶が曖昧なんですが、四国で昭45(1970)年頃にディーゼルの機関士になった人が『一人乗務は不安だった』と書いていたのを読んだことがありました。569号機の助士台で全治三週間の怪我を負った乗務員のことを知って『???』と思ったんですが、【助手機関士】という職名があったんですね。勉強になりました。

Re: うわ、もの凄いですね…

まつしま様:こんにちは。
国鉄時代、ヨンサントウあたりでしょうか。
財政改善のため、EL、DLに対して機関助士の廃止を進めようとして、国労、動労等との対立が深まったことを覚えています。
その後、貨物列車の車掌の廃止もありました。
このあたりのこと、調べてみたいですね。

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プロフィール

yasuziro

Author:yasuziro
きままに撮影、そして適当に鉄道模型の製作をしております。

高校の時に近くにあったつぼみ堂模型店へ行くようになり、そこでアルバイトするようになったのが、鉄道模型を本格的に始めるきっかけです。
つぼみ堂が廃業したあとは、伊勢佐木町のBIG BOYという小売店でアルバイトを。

就職とともに模型とは遠ざかったのですが、2008年に模型を再開、現在に至ります。

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